「保育園落ちた日本死ね」を便所の落書き扱いする政治家自身が、炎上に油を注いでいるという皮肉(徳力基彦) - Y!ニュース


「保育園落ちた日本死ね」を便所の落書き扱いする政治家自身が、炎上に油を注いでいるという皮肉(徳力基彦) - Y!ニュース
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tokurikimotohiko/20160317-00055563/


今回の騒動を時系列に整理してみるとこんな感じです。

保育園落ちた騒動の経緯

■2月15日 はてな匿名ダイアリーに記事が投稿される

■2月16日~17日 おときた都議やフローレンスの駒崎氏がブログで反応 

■2月17日 ネットメディアで次々に話題のニュースとして取り上げられる

■2月17日~18日 一部テレビでも取り上げられる

■話題は続くも、その後一旦沈静化

■2月29日 衆院予算委員会で安倍首相が「本当か確認しようがない」と発言。ヤジも話題に

■3月1日 主にネットメディアで予算委員会のやり取りが話題に

■3月2日#保育園落ちたの私だというツイッターへの投稿が増え始まる

■3月3日 Change.orgで署名募集が始まる 2日で署名が2万人突破

■3月4日~5日 国会議事堂前でスタンディングによる抗議行動が行われる

■並行して、さらに多くのテレビ番組で取り上げられる

■3月10日 ヤジを飛ばした平沢議員がテレビ番組で謝罪するも再炎上

■3月16日 『保育園落ちた日本死ね』は便所の落書き」という記事が話題に。



保育園落ちた騒動に火をつけたのは、国会答弁の対応ミス

特に重要な点と言えるのが、そもそも冷静に見て頂くとこの騒動に火をつけたのは、実は最初のブログの書き手ではなく、国会対応の対応ミスであるという点です。

文字だと分かりづらいと思いますので境さんがYahooニュースに投稿されていたこちらのグラフを見て下さい。


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最初のブログの話題度も大きかったとは思いますが、
実は世論を動かすほどの大きな話題になった転換点は、
明らかに2月29日の国会答弁とヤジです。

実際の国会答弁の詳細を見る限り、実は安倍総理は「本当か確認しようがない」という発言の後に、待機児童について対策をしていくこと自体も表明しているのですが、致命的だったのが平沢議員のヤジでしょう。

平沢議員からすると、匿名の投稿自体を本気で未だに疑っているようですし、匿名のネット投稿に対する否定的な感情がテレビ出演の時にもにじみ出ていました。冒頭の記事を便所の落書き扱いしている杉並区議も、同様な感情を抱いているのは明白です。

特にネット上で実名で情報発信をしている人が匿名の人に絡まれたときにする典型的な対応とも言えるのが、こうした「匿名で発信せずに実名で堂々と発言しろ」という反応です。

ただ、それは違うんですよね。

この国会答弁の時点でこの問題はこのブログの書き手一人の問題では無く、
それに多くの人達が共感していたという点にあったんです。

ブログを書いた人が本物かどうか、野党による仕込みだったのではないか、
というのはこのタイミングでは全く本質的な問題では無く。

この記事の発言に対して既に多くの賛同が集まっている、
という事実に目を向けなければいけなかったわけです。

結果的に安倍総理の「本当か確認しようがない」という発言と平沢議員のヤジは、お二人にとってはブログの書き手個人の話をしているつもりだったのでしょうが、
実際にはこのブログの書き手と自分の境遇をだぶらせていた多くの親や視聴者の神経を逆なでする攻撃として受け止められました。

この答弁がなければ、この話題はそれ以外の騒動にかき消されて、ネット上のプチ炎上騒動で終わっていた可能性も高かったわけで。

実は、国会答弁における対応ミスが、政治家の無神経さに対する怒りのエネルギーとなり、その後の #保育園落ちたの私だ 投稿や、スタンディングや署名活動というリアルな運動につながっていくことになるわけです。

ある意味、ヤジをしたこと自体が導火線にわざわざ火をつける自爆に近い行為だったと言えます。

こうした初動対応のミスが炎上を生むことになるというのは、実はオリンピックエンブレム騒動や過去の企業の炎上騒動と同じ構造にあると言えますから、珍しいことではなく、いざ現場にいると勘違いしてしまいがちという現実があるのは間違いありません。

匿名の過激発言ブログだからこそ発生した話題のスパイラル

実際問題、この匿名ブログが、実名であればここまで政治家の方々が陰謀論と思い込むこともなかったでしょうし、「日本死ね」という非常に強い言葉を使わなければ、ここまで脊髄反射なヤジはなかったでしょうから、ある意味皮肉な結果と言えるかもしれません。

また、最初のブログが実名のブログだったら、ここまで多くの人達が共感することは実はなかっただろうというのも興味深い点です。

この問題は、共産党の吉良氏が政治的に便乗してるだけではないか?とやり玉に挙がり年収問題を指摘されていたように、実名で発信していると個人の問題にされてしまうという非常にナイーブな問題です。

特にややこしいのが、収入がある人ほど落ちる傾向にある、という保育園問題の構造。
当然実名で都内に住んでる人が「保育園落ちた」と問題提起すると「収入高いからだろ」とか「田舎に住めば良いのに」とか具体的な批判がされることが容易に想像されます。

もし今回のブログの書き手が実名で書いていれば、一部の親は自分よりも恵まれているから当然だ、とか、自分とは環境が違うから他人事だ、と思われてしまった可能性もあるわけです。

実名で過去の経歴や職場などが分かる人であれば、やれこの人は右だからとか左だからとか、会社がそういう会社だからとか、別の理由でやりこめられてしまっていた可能性もあるでしょう。
 
匿名という一見弱い存在でもあり、存在を疑われるような投稿だったからこそ、多くの人達が自分のことだ、と共感できた可能性が高いわけです。

実際、ブログの書き手の方は複数のメディアの取材に対応されて、「保育所の不承諾通知を受け取ったあと、感情の赴くままにわずか数分で書き上げた文章で大勢の人に見られるということを意識していなかった」と発言されているようですが、おそらく本当にそうなのでしょう。


正直私も記事を初日に見たときは、あまりに感情のままに書かれた文章なので、これじゃマスメディアは取り上げないだろうなと思ってしまった記憶があります(その予測はおおいに裏切られたわけですが)

匿名だからこそ本音で書けた魂の叫びだからこそ、多くの人達の共感を生み
匿名だからこそ書けた罵詈雑言に近い文章だからこそ、一部の人達による陰謀論や感情的反発をうみ
匿名だからこそ生まれた多くの感情移入があるから、記事への批判や反発に対してさらに多くの人達の共感を生む結果になった

というのが、今回の騒動の本質的な構造ではないかなと思います。


ということで、政治家の方々は、いい加減ブログ記事の言葉遣いとか匿名であること自体を批判しても無駄に炎上が広がるばかりだと思うので、問題の本質と真剣に向き合った方が良いのではと思う次第です。



保育園落ちたの私だ:ブログに共感、国会前で抗議集会

 毎日新聞 2016年3月5日


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認可保育園などから子供の入所を断られた当事者らが5日、国会前で政府に対する抗議集会を開いた。

きっかけは、保育園の入所選考に落ちた母親が2月中旬、「保育園落ちた日本死ね!!!」と題して怒りをつづったブログ。

これに対し、安倍晋三首相が「匿名である以上、本当であるかどうかを確かめようがない」などと発言したため、怒りを爆発させた当事者たちが「保育園落ちたの私だ」と書かれたプラカードを手に集まった。

 5日午後1時半、国会前にはプラカードを手に乳児を抱いた母親や父親たちが集まった。
10カ月の長女を連れた東京都調布市のシングルマザー、中沢知子さん(26)は、子供を預けていた実母が体調を崩したのを機に認可保育園に申し込み、入園できなかった。

「ここ2カ月、収入がなく、どうすればいいのか分からない。ブログの内容にはすごく共感した。ここに来ることで少しでも何かが変われば」と話す。

 ブログは匿名で、職場復帰を果たせない現状に「会社やめなくちゃならねーだろ。ふざけんな日本」などと怒りがつづられている。

安倍政権の掲げる「1億総活躍社会」のスローガンにも触れ「私活躍出来ねーじゃねーか」と嘆く。

ブログはインターネット上で拡散され、共感の声が多数上がっていた。

 ところが2月29日の衆議院予算委員会で、安倍首相は「確かめようがない」と述べ、与党議員からも「誰が書いたんだ」などのヤジが飛んだ。
これに反応した当事者たちが「私だ」と声を上げ始めた。


 短文投稿サイト「ツイッター」では「#保育園落ちたの私だ」というハッシュタグを付けた書き込みが急速に広がった。

保育制度の充実を訴えた署名サイトには、5日午後6時時点で2万件以上の署名が集まっている。

 2015年4月1日現在の認可保育所などの待機児童数は2万3167人だが、実態はさらに多いとされる。【中村かさね】



ブログの原文より

保育園落ちた日本死ね!!!

何なんだよ日本。

一億総活躍社会じゃねーのかよ。

昨日見事に保育園落ちたわ。

どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。

子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?

何が少子化だよクソ。

子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。

不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。

オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。

エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ。

有名なデザイナーに払う金あるなら保育園作れよ。

どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ。

ふざけんな日本。

保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。

保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。

国が子供産ませないでどうすんだよ。

金があれば子供産むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず金出すか子供にかかる費用全てを無償にしろよ。

不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにすりゃ財源作れるだろ。

まじいい加減にしろ日本。





「保育園落ちた日本死ね」の声も無視…安倍首相の子育て支援政策はインチキだらけだった! 逆に待機児童増加、保育料値上がり

http://lite-ra.com/2016/03/post-2041.html
@litera_web  2016.03.07.

「保育園落ちたの私だ」──。
一昨日、国会前でこんなプラカードを掲げた人たちが集って、安倍首相に抗議した。

 ご存じの通り、先月29日の衆院予算委員会民主党山尾志桜里議員は「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログの内容を紹介、

待機児童問題の深刻さを訴えたが、
安倍首相は「匿名である以上、実際起こっているか確認しようがない」と軽くいなし、
自民党議員からは「誰が書いたんだよ」「ちゃんと本人を出せ」とヤジが飛び終了。

真剣に取り合おうとしない安倍首相および国会質疑に対し、Twitter上では「#保育園落ちたの私だ」という怒りのハッシュタグが登場。今回の抗議運動に発展したのだ。


 それにしても安倍首相は「確認しようがない」とよく言ったものだ。

事実、待機児童の数は昨年、5年ぶりに増加。2万3167人も入所できない事態となっている。

しかも、こうして怒りの声が広がったのは、安倍首相がまたしても開き直り、トンデモ答弁で自己正当化したからだ。

 同日の国会では同じく山尾議員が、安倍首相が昨年、待機児童の増加を「女性の就業者が増えたから無理もない。うれしい悲鳴だ」などと発言したことを取り上げ撤回を要求したが、安倍首相は「待機児童が増えてうれしいと言うわけがない」と開き直り、撤回を拒否したのだ。

 では、実際の発言を正確に見てみよう。安倍首相の問題発言は昨年11月6日に開かれた読売国際経済懇話会講演会でのスピーチで飛び出したが、以下、首相官邸HPに掲載されているそのときの発言を掲載したい。
〈安倍政権になって、「待機児童ゼロ」という目標を掲げ、保育所の整備スピードは、これまでの2倍に加速しています。しかし、今年、待機児童は、前年より増えてしまった。安倍政権発足以来、女性の就業者が90万人以上増えたから、無理もないことであります。その意味で、うれしい悲鳴ではあるのですが、「待機児童ゼロ」は必ず成し遂げなければなりません〉
 安倍首相は国会で、「待機児童が増えたことを『うれしい悲鳴』と言ったことはない。『その意味』とは、就業者が増えたというところに置いている。普通の読解力があればわかる」と話したが、女性就業者の増加を指しているのであれば、「悲鳴」という表現はおかしい。「普通の読解力」でもって考えれば待機児童の増加を「うれしい悲鳴」と表現したとしか解釈できない。「普通の読解力」がないのは安倍首相のほうではないか。


 しかも、今年1月に国会で山尾議員が追及したように、
この「女性就業者90万人増」というデータと待機児童問題は関係がない。

実際は、25〜44歳という女性にとって子育て期にあたる働く女性の数の推移は
「この6年間ほぼ横ばい」であり、2014年から15年にいたっては減ってさえいる。

どういうことかというと、女性就労者94万人増加の要因は65歳以上(54万人増)なのだ。


つまり、安倍首相の「働くママが増えたから待機児童も増えちゃった〜」と言う“うれしい悲鳴”はまったくの嘘で、

実態の数字は65歳を超えても働かざるを得ない高齢者の貧困化、待機児童問題の放置、さらに働き盛りの世代が就業することの厳しさを物語っているだけなのだ。


 女性の活躍などと威勢のいいことだけを喧伝しながら、問題点を突きつけられると「確認しようがない」と目をそむけ、「読解力ないの?」と論点をすり替える。

国会という場において、国民の声を無視しつづける安倍首相の態度にはほとほと嫌気がさすが、安倍政権が振りかざす「子育て支援」がハリボテであることは、ほかの事例でも明らかになっている。

 それは、昨年4月からスタートした新「子ども・子育て支援法」によって、子どもの数が3人以上の家庭で保育料の負担が増すケースが続出している問題だ。

 これは、2010年に子ども手当の導入で年少扶養控除を廃止した際、保育料が上がらないようにと国は自治体に対して年少扶養控除があった場合の税額再計算を求めていたのだが、安倍政権が「再計算をしない」と決定したために発生している問題。これにより、市町村によって違いがあるものの、多いところでは保育料が4.6倍もの増額となっており、子どもの数が多いほど暮らしが苦しくなるという“子育て支援”とは言えない事態に陥っているのだ。
 この問題を追及した『テレメンタリー ママの悲鳴〜少子化対策“逆行”制度』(HTB北海道テレビ制作)では、札幌市のケースとして、子ども6人を抱える母親が月額3万円も保育料が上がり貧窮している実態を紹介。新制度導入にあたって行われた有識者会議「子ども・子育て会議」で会長を務めた無藤隆・白梅学園大学教授も、「第3子の保育料がかなり上がるのは想定していなかったと思う」と答え、議論不足の見切り発車であったことを認めている。
「これはおかしい!」と全国で声があがった結果、昨年末に政府は第3子以降の保育料を無料とする方針を発表したが、しかしこれも年収360万円以下という条件つきであるため、支援から漏れる家庭は多いのが現状だ。

 だいたい、子どもの数が多いために保育料が月額3万円も増加するという問題が起こったにもかかわらず、政府の対応はまるで他人事。HTB記者にこの問題について問われた少子化対策の担当大臣である加藤勝信・1億総活躍担当相は、「すべての市町村で起こっているわけではない」と投げやりに答弁し、さらに、当初はHTBの取材に応じるとしていた内閣府はそれを反故。「撮影しない」という条件のもと、内閣府の担当者は、「自治体が考えることで制度に問題はない。少子化対策に逆行もしていない」と、安倍首相さながらに開き直りの回答をしている。


 こうした待機児童や保育料の問題から見えてくるのは、安倍政権がいかに口先だけかということだ。「子育て支援に積極的」というイメージづくりだけ躍起になり、その中身は置き去りのまま。

だから安倍首相は、「実際起こっているか確認しようがない」などと言えてしまうのだろう。

 国民を聞き心地の良い謳い文句でかどわかし、一方で発生している問題をことごとく無視する。もう、こんな総理に騙されてはいけない。

 (水井多賀子)